100歳の「達成」?

近年は長寿の方が増え、私の周りにも100歳を超える方が珍しくありません。
当寺の過去帳を紐解きましたら、享年100歳以上の方は37人で、うち女性が31人。最高齢は107歳の女性でした。

「母がこんなものをいただいたんですよ」
先日、高齢のお母さまがおられるお宅にお参りに伺った時のことです。
お母さまが100歳をお迎えになったことを寿ぐ、総理大臣からの表彰状を見せていただきました。
が、私はその中のある文言に、思わず首を傾げてしまいました。
「あなたは100歳の長寿を達成されました」と、そこに書かれていたからです。

「達成」とは通常、目標を立て、努力を経て結果を得るプロセスを指すことばです。
ビジネスやスポーツ、あるいは学業の場面では、日常的に使われているものでしょう。
が、そのことばを年齢に対して用いると、意味合いは変わってしまいます。
長寿を一種の「成功」と見做せば、長寿に到達出来なかったことは「失敗」であると暗示することになってしまう。ここに、私は違和感をおぼえたのです。

当然のことながら、寿命というものは個人の意志や努力だけで延ばせるものではありません。人智を超えた、もっと深遠な要素が絡み合った結果として、私たちに与えられるものです。
ですからたとえ短命に終わったとしても、それは決して「失敗」ではありません。
ひとつの完結した一生として、同様に寿ぐべきものなのです。

こうして考えますと、私たちがどんな一語を選択するか、ということの大きさにあらためて気付かされます。
普段は無意識裡に口にしていることばですが、その使い方を見直すことで、互いへの理解と尊重を深めることもできるでしょう。
ひとりひとりの存在をリスペクトし、ていねいな表現を心がける。
少しでも生きやすい社会にするために、こんな身近な一歩から始めてみたいものですね。