禍福一如(かふくいちにょ)

 南正文さんは両手がない日本画家です。小学校3年生のときに、お父さんが経営する製材所で、機械に巻き込まれて肩から両腕を切断しました。幸い一命をとりとめたものの重い障害を負うことに。一人では服を着ることも、食事をすることもできません。一番困ったのはトイレです。人に頼むことができず、外出するときは前の日から飲食を減らして耐えました。

 中学生の時、日本のヘレン・ケラーと言われた同じ境遇の口筆画家、大石順教尼に弟子入りを志願。その時に順教尼から出された条件は一つ。ひとりで電車に乗って順教尼のもとまで通ってくること。自分では切符を買うことができないので人に頼まなければなりません。気持ち悪がって逃げる人やら叱る人、親切に助けてくれる人など色々な人に出会いました。「そのすべての人が先生だよ。」それが順教尼の教えだったのです。

 順教尼のもとでは、口に筆をくわえて毛筆や日本画の制作に取り組みます。絵を描くことは嫌いでしたが、順教尼をまねて懸命に努力を重ねました。やがてうまく絵を描けるようになると、他のことにも自信が出てきて、生きる意欲が湧いてきたのです。絵画は数々の賞を受賞するようになり、日本画家としての地位を確立。結婚もすることができました。絵画制作のかたわら、全国を訪れての講演活動、タイやネパールなど海外にもその活動の幅を広げました。2012年、61歳で永眠。生涯で約900点の絵画を制作されました。

 重い障害をもつ南さんが最後に到達したのは「禍福一如」という境地。災いも幸いも表裏一体で、心の持ちようでいかようにも転じるという意味です。「両手を失ったことが不幸の条件になるのではなく、両手を失ったことが幸せの条件になるように頑張りたいと思っています。」南正文さんは生前にそう述べておられます。災いが幸いに転じたら、それは本当の災いと言えるでしょうか。あるいは幸いが災いに転じたら、それは本当の幸いなのでしょうか。いったい本当の意味での災いと幸いとは何なのでしょう。

 大般涅槃経という経典に、家にやってきた貧乏神を追い返したがために、家の中にいた福之神も逃げてしまったという説話があります。まさに「禍福一如」、災いと幸いはともに離れることがないというのがその教えです。

 世の中は今、コロナ禍という災いの真っ只中ですが、災いから何を学びどう生きていくべきか、禍福一如の境地から共に考えようではありませんか。