私が感銘を受けた説話をご紹介させていただきましょう。
アサンガは古代インドの修行僧です。弥勒菩薩を深く信仰し、山の中で厳しい瞑想の修行を続けていました。しかし、夢の中にさえ、弥勒菩薩が現われることはありません。がっかりしたアサンガは、修行をあきらめ、山を降りることにしました。山を降りる道すがら出会ったのは、太い鉄の棒を一生懸命布で磨いている一人の男。アサンガが彼に、「何をしているのですか?」と聞くと、男は答えます。
「わしは針を持っていないので、この鉄の棒を磨いて、針を作ろうと思っているのだ。」
これを聞いてアサンガは呆れました。
「なんてばかなことを・・・。この太い鉄の棒を布で磨いたところで、一生かかっても針ができることはないだろう。」が、その一方で、修行半ばで山を降りた自分の身を省みた時、懸命に鉄を磨き続ける男の姿に励まされ、再び山へ戻り修行を続ける決心をしました。
こうしてまた数年が過ぎました。やはり何の達成のしるしも現われません。アサンガは今度こそ駄目だとあきらめ、山を降りていきました。その道中、今度は一匹の犬に出会います。前足しかなく、体の後ろ部分には傷があり、うじ虫がわいている犬。そんな犬を他の犬達がいじめているのです。
この光景を見たアサンガの心に、わき上がってきたのは、いまだかつて経験したことがないような、強烈な慈悲の心でした。傷口のうじ虫を取り除いてやろうとするアサンガ。でも傷口が化膿していたので、アサンガは自分の舌でなめて、うじ虫をとってあげようとします。そして舌を傷口につけようとしたその瞬間、犬が消え、そこに現れたのは光に包まれた弥勒菩薩なのでした。
アサンガは弥勒菩薩に尋ねます。
「どうして今まで私の前に現われて下さらなかったのですか。なぜ今なのですか?」
弥勒菩薩は答えました。
「私は、初めからお前のそばにいた。ところが、お前の目が曇っていたので、私の姿を見ることが出来なかったのだ。いまのお前は、長い修行のおかげで本当の慈悲の心を授かった。その結果、私の姿を見ることができたのだ。」
アサンガはやがて弥勒菩薩と共に天上界にのぼり、仏教の唯識という教えを直々に授けられました。アサンガの唯識は、やがて仏教の学問の礎となり、今では真言宗をはじめ、仏教の各宗派の底流に脈々と受け継がれています。
結果が出なくても、先が見えなくても、懸命に努力し続ける――その姿勢こそが、仏教の修行の基本です。仏様がいつもそばにいて下さると信じ、あきらめることなく、鉄を磨くように努力を続けること。そうすれば、いつの日か、願いがかならず現実のものとなることでしょう。