大黒日記その6  温もりの循環

4年前のちょうど今頃、私はある手術を受けた。

入院の日、病室に入るとすぐ挨拶に来て下さった主治医は、外来で担当していただいた部長先生とはちがって、まだ青年の面影を留めた先生。生真面目そうで、寡黙。こんな第一印象だった。

手術前日の、家族同伴での詳しい説明の際、その先生が用意して下さっていたのは、図も添えられた手書きの資料。

それまで親族の術前説明に立ち会う機会は何度かあったが、いつもパソコンの画面を眺めながらのそれだった。だから、机上に置かれた2枚の紙を見た最初は、「えっ」と少々驚いた。

「ここは普通2ヶ所をクリップで留めますが、私は3ヶ所留めることにしています」

こうした詳細な説明を受けながら、肉筆の一文字一文字を眼で追っていく。

決して上手な文字ではないけれど、活字には感じられない体温がそこには滲んでいる。

一時間余りのその時間の中で、手術への不安が少しずつ薄れていくのを、確かに私は感じていた。

翌日の朝は、「大丈夫ですか」と病室まで様子を見に来て下さった。

実家から来てくれた母と私とを見比べて、「よく似てはるなあ」と一言。3人で笑った。

おかげで無事に手術も終わり、退院後の最後の診察も終わった。

だが、先生に感謝の意をちゃんと伝えないまま帰って来たことがどうにも悔やまれて仕方がない。

そこで、私も思いきってペンを執ることにした。

先生の手書きの資料がとても心に響いたこと。

その末尾に書かれた「色々なことが起こりえますが、すみやかに善処いたします」という一文で、安心できたこと。

手術前日の夜も、いつも通りに眠れたこと。

そして、患者にとって安心ほど心強いものはないのだということ。

手紙を投函した翌日、思いがけなく先生から電話をいただいた。

「あなたの手紙を読んだら、元気をもらえます」

短い電話の中で、繰り返しそう言って下さった。

本当にうれしかった。そして思った。

ステキだなと感じたことは、臆せずどんどん相手に伝えていこう。

だってそれは、相手も自分もハッピーになれるいちばん簡単な方法なんだから———。

手書きの文字から生まれた、温もりの循環。

思い出すたびに心が和む、ポカポカした記憶。

日一日と空気が冷たく尖っていくこれからの季節、まずはご無沙汰の旧友たちに連絡をとってみようか。メールではなく、もちろん手紙で。

きっとそこから、また温かい循環が始まる。そんな気がする。