無用の用
今年のノーベル化学賞を受賞した北川進博士は、座右の銘として「無用の用」という言葉を挙げておられました。この言葉は、中国の思想家・荘子の著作に由来するものです。
――真っ直ぐで立派な木は、家の柱や舟の材料として役に立つため、早く切り倒されてしまう。一方、節が多く曲がった木は、材木としては使い道がないため、誰にも伐られずに残される。しかしその木は長い年月を生き、大きく枝を広げ、やがて木陰となって人を休ませ、心身を癒す存在となる。――
このように、一見役に立たないように見えるものでも、ちがう形で人を支える働きをするのだという教えが、ここには込められています。
最近では、「コスパ」「タイパ」という言葉がよく聞かれるようになりました。即効性や効率性に重きを置くあまり、すぐに役立つものや利益につながるものが評価されがちな今日です。結果、なかなか成果がでない研究や、数字では測りにくい能力は価値がないかのように扱われ、切り捨てられてしまうことも決して少なくありません。
しかしながら北川博士の研究の独創性は、結晶の「空いている空間」に注目した点にあります。従来、結晶や固体は、原子や分子がぎっしり詰まったものと考えられ、内部の空間は余計なもの、あるいは欠陥と見なされてきました。しかし北川博士は、その空間にこそ意味があると考え、その大きさや形を分子レベルで設計できる技術を生み出しました。これはまさに「無用」とされてきたものの中に新たな価値を見出した研究であったといえるでしょう。
たとえば、書道の余白や芸の「間」は、何もしていないのではありません。それがあるからこそ、形や言葉が生きてきます。そのもの自体に大用(大きな意味)を含んでいるのです。普段、私たちが「無用」と決めつけてしまっているものごとを、少し違った目線で見つめてみる。いつもとはちがう面から眺めてみる。そうしてみることで、もしかしたら新しい発見があるかもしれません。なにより、効率や利益だけで価値を決める世の中など、薄っぺらでつまらないものではないでしょうか。世の中をより深い智慧で見ることを忘れずに、来るべき新年を過ごしていきたいものです。
合掌
令和7年師走 空海寺住職 森川隆行
