大黒日記その15  啓蟄のひとりごと

住職がとりおこなった、ある葬儀でのこと。

告別式の際、会葬御礼の品には挨拶状が添えられる。決まった書式に喪主の方のお名前を印刷したものが、ほとんどだ。

だが、その時はちがっていた。

「あれ、今度のはちょっと字数が多いな」と気になり、読んでみる。

とそこには、喪主の方からお母さまへのあふれる思いが綴られていたのだった。

———   母と過ごした尊き日々を偲んで

平成二十〇年〇月〇日 母○○○○は

満八十七歳をもって生涯の幕を下ろしました

母は私を産んで間もない頃 そして人生の後半で二度ほど大病を患いましたが

強い気持ちをもって命の危機を乗り越え 今日まで精一杯生きてきました

病の身と向き合う日々の中でも 家庭をしっかりと守り

私を育て上げてくれた母には いくら感謝してもし尽くせません

地域の皆様とのふれあいや孫たちの健やかな成長が生きる張り合いとなって

頑張ってくることができたのだと思います

今生の別れに名残惜しさは募りますが ようやく自由な身となった今

母に訪れた眠りが安らかであるよう心から祈っています

「ありがとう 長い間本当にお疲れさまでした」

生前多くの御厚情を賜りました皆様へ深く感謝を申し上げます

本日のご会葬 誠にありがとうございました

略儀ながら書状にて御礼申し上げます   ———

戦前、戦中、そして戦後と、ひたむきに誠実に生きてこられたこの方の人生。

そんなお母さんが大好きで、感謝の思いとともにその旅立ちをお見送りされる息子さん。

加えてお孫さんや近隣の方々。

温かいお別れの場が思わず目に浮かぶような、そんな一枚の挨拶状だった。

そういえば、私が好きな映画に「おみおくりの作法」という洋画がある。

主人公ジョン・メイは、孤独死した人々の弔いをひとりで担当している公務員。

そんな彼自身もまた、独身で身寄りがない。

しかし彼が不慮の死を遂げた時、思いがけない人たちがあとからあとから彼のもとへとやって来て——。

ラストシーンが感動的な、こんな物語だ。

この映画を観た時に感じたことが、挨拶状の記憶に重なる。

「どう生きたか、どう見送られるか、は同じことなんだな」

そうなるとにわかに気になるのは、子どもたちが私の最期をどう見送ってくれるのだろう、ということ。

やっぱり私だって「ありがとう。お疲れさま」と声をかけてもらいたい。

いつ訪れるのかはわからないけれど、「その日」が互いにとって心に響く時間であってほしい。そう思う。

でも忘れてはいけない。

それは子どもたちがどうこうというよりも、私次第で決まることなのだ。

そして「その日」はまちがいなく、今日の延長線上にあるのだ、ということも。

亡くなったひとりひとりの人生を、敬意をもって葬った。

誰に認められることがなくても、たったひとりの部署で自らの務めにできうる限りの力を尽くした。

こんなジョン・メイのように、目の前のことに丁寧に向き合うこと。

たとえ小さく見えることでも、そこに心を寄せること。

結局はこの一点に尽きるのだろう。これを愚直に重ねていくことしかないのだ、とあらためて思う。

たとえば愛犬と散歩する夕刻、視界には木々と空だけが広がっている。

足元にはちょっと湿った柔らかい土の感覚。

そして時折見え隠れする鹿たちの姿。

いつものこんな光景にも、よく見れば溢れるほどの豊かさが息づいている。

でも私たちは過去や未来にばかり気をとられ、今に目を向けることがお留守になってしまいがち。

目の前の豊かさに気づくことがとても苦手なのだ。

だからまずは、この今をしっかりと受けとめることから始めたい。

異例の寒波に震えたこの冬も過ぎ、今日三月六日は二十四節気の啓蟄。

土に隠れ埋もれていた虫たちが、ごそごそと動き出す。

合わせて若芽が芽吹き、蕾もふくらむ、生命あふれる時季がやって来た。

そしてここからまた、ひとつひとつ、一日一日と。

それがやがては、「いいその日」への道すじになっていく。